選択的会社員

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胃カメラを受けたら犬とイチローの話になった|後編

前編の続きです。

sentakutekikaishain.hatenablog.com

外科的にこれ以上できることはありません。そう言われて、もう診察は終了だろうなと思った。
席を立とうとしたそのとき、例えば僕は犬が好きなんだけど、と先生は続けた。急に犬の話である。はぁ、と言うしかない。ほら、あそこを見てごらん。先生が指差した先には、ワンちゃんの写真が置いてあった。かなり高い位置に置いてあったので、神様のようだった。2枚の写真には、白地に茶色い覆面を被ったたれ耳のワンちゃんが嬉しそうにおさめられていた。コッカー・スパニエルだろうか。犬ってさぁ、玄関開けたらいつでも尻尾振って迎えてくれるの。どんなに嫌なことがあっても、嬉しそうな犬を見たら嫌なことなんてすぐに忘れちゃうわけ。だから、あなたもそういうものがあったら近くに置いておくといいよ。できれば視界に入るところに。
診断時と同じテンションで、先生は話してくれた。一切眼は合わないけれど、存外いい先生なのかもしれないと思い始めた。

あとはさぁ、イチローっているじゃない。あの人なんかは見てて辛そうだよね。先生は絞り出すように続けた。眼が合わないのは、伝えたいこと他にもあったかなって必死に思い出してくれてるからなのかもしれない。イチローってストイックですごい人だけど、俺は友達にはなりたくないのよ。だって、まぁいっかって思わないと、俺たちみたいな人間はどこかで調子を崩すわけ。完璧な人間にはなれないから。あなたも、まぁいっかって思ってみて。みーんな完璧な存在だったら、この世界は多分つまんなくなっちゃうからさ。
あなたはイチロー選手にはなれないし、ならなくていい。当たり前のことなのに、こんなところでそんなことを言われるとは思っていなかったので、じんわりきてしまった。涙をこぼしはしまいと、下のまぶたに力を込めながら、はい、はい、と頷くことしかできなかった。連れ合いの馴染みの小さなお店でたまたま隣りに座ってきた常連のおじさんが、めちゃくちゃ個人的な話を聞いてくれて、人生の先輩として励ましてくれたときと同じ感じがした。

胃カメラの先生は、漢方は出せるから欲しかったらまたおいでと言ってくれた。そして、一ヶ月分の漢方を処方してくれた。これを薬局で受け取るには、かなり大きいカバンが必要になるだろう。
ただ、もしなれるのなら、私はイチロー選手とは友達になりたいと思った。